ふたたびブログ

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思い通りになってほしい気持ちを受け止めるのは作り話

 昨日の発言をひっくりかえすけれど、私は作り話を観るほうがやはり気楽なのかもしれないな、という話。

 バチェロレッテ・ジャパン(シーズン2が今後発表されれば今作がシーズン1にあたるのであろうもの)を、とうとう10話まで観た。昨日は9話で「えええええ(中略)ええええええええ」という気持ちになって眠ったので、眠ったのかどうか、興奮と動揺で大変なことになっていた。

 10話まで終えた上での話なので、これからネタバレなしにバチェロレッテを見たい人はこの先は注意してほしい。というか、できれば先入観なくあなたの判断と感性でご覧いただくのが楽しいと思う。

 

 

 昨日は「視聴者が参加者たちに関与する余地がないから、安心してお茶の間の他人の立場で観ていられる」なんて書いたけれど、いざ9話と10話を観たら「もうそれなら杉ちゃんを選んだっていいじゃない!」と思ってしまった。これはこれで私の感覚で、私の勝手だ。それも選択する立場でも、選択される立場でもない、視聴者だから言える勝手だ。どこにも影響しないから勝手を言えるのだけれど。

 泣いたってどうにもならない、という言い草が昔から、私はすきではなくて、どうにもならなくても出てくるから泣いてしまうのだし、どうにもならないからこそ泣いているのだと思っている。それに、泣いたくらいでどうにかなるんだったら、怖くて泣いてなどいられない。

 どうにもならないことなのだな、と彼ら彼女らのべしょべしょの顔を見ながら思った。

 

 正直なところ、1話を観たときから杉ちゃん推しだった。17人もいると名前が覚えられないので「この画家の人! 画家の人ぜったい悪い人じゃないよ! 面白いよ! がんばれ!」と一人で画面を前に騒いでいた。回を追うごとに色んな表情が出てくるので応援してしまったし、とてもドラマチックだった。

 黄さんのことは「ソツのなさそうなビジネスマンの印象があるのでいけ好かないな」と思って、終盤までずっとその印象だった。だけど9話で感情を吐露する場面まで観て、ああ、こういう人なんだなあと思ったら応援したくなってしまった。

 だけど実は、バチェラー4のバチェラーが黄さんであることは事前知識として得てしまっていたから、私はローズさんが落ちた時点で杉ちゃんの勝利を確信しており、「でも黄さん、黄さんも素敵なひとだな、だけどこれ杉ちゃんエンドなんだよな~」と思いながら。観ていたら。まさかまさかの。まさかですよ。

 

 これまた正直申し上げれば、9話のセレモニーを終えた瞬間の私の感想は「は?」だったし、「運命の人じゃない、運命の人じゃないって、じゃあどこに運命の人がいるの? ほんとうにこの世のどこかに確信できる運命の人がいるの? いないかもしれなくない?」と思ったし、期待を裏切られた感覚は覚えた。

 もちろんこれは彼女の旅なので、観ているだけの私が勝手にやいやい思うのはお門違いな部分もあるのだが、他方、番組を視聴するという体験は私のものであるし、彼女が旅に学びを期待したように(重みはまるで違えど)私も視聴者としてなんらかの「展開に対する期待」をもって視聴しているので、それに対して感想や感情を抱える自由くらいはある。

 けど、セレモニーからスタジオに戻って、矢部っちが「これが配信番組だということも彼女は分かってる」旨を発言したときに、そりゃあそうだと思って自分に湧いた憤りがたいそう恥ずかしくなった。さまざまな人がさまざまな感想を抱くことくらい、彼女に判らぬはずもない。それを指摘してくれる矢部っちと、もやもやした混乱を発言してくれる岡村さんと、ずばずば発言しつつも絶妙なバランス感覚を保つSHELLYの三者三様で役割がうまくできているMC陣のおかげで、視聴者がおいてけぼりにならずにいられるんだなというのもつくづく感じた。番組っていろんなことを考えて作られているんだな。すごいや。

 

 そういうわけで今日になって10話を観たら、結局もう納得されられてしまった。もやもやした部分も拭い去られてしまった。もしかして、ひょっとして、今度こそここで杉ちゃんと結ばれるのではないか! と期待も少ししたけれど、そんなことはなかった。でもあんなの、納得するしかないじゃんね。決して、視聴者の納得のために行われる選択ではないのだろうけれど。

 すごいなあ。福田萌子というひと。あの環境下でブレずに自分でいられる姿には、少し恐れおののいてしまうくらい。強くて美しかった。どうか素敵なひとを、素敵な愛を、彼女が見付けてゆけますように。

 

 誰のルートにも進みませんでしたって、乙女ゲーのアニメ化でお茶を濁した最終回みたいだよ! と言いたい……言いたい気持ちはある……。けど、どうして付き合わないんだとか、どうして選ばないんだとか、そんなと、ちょっぴり思ったとしても、あんまり生きた人間に対して好き勝手言うもんじゃない。だってその人の生き方だもの。

 それなら私という勝手な視聴者は、創作された物語に対して「どうして」と思っておくほうが健全なのかもしれないなあ。というわけでバチェラー4を観るかどうかは分かりませんが、参加された方々の今後の輝かしい未来を応援しております。